アップル創業者で前最高経営責任者(CEO)のスティーブ・ジョブズ氏(5日死去 56歳)について、アイフォーンの開発中にジョブズ氏の面接を受けてアップルに入り、日本語入力機能の開発に携わった増井俊之さん(現在は慶応義塾大教授)が思い出を語った。ジョブズ氏はウキウキした様子で面接に現れ、「Mac、アイポッドの次の柱で、めちゃくちゃおもしろいプロジェクト。パソコンとはぜんぜん違うんだ」と話しただけで、「来るよね」と誘ったという。

 ◇ジョブズ氏の面接受け、「おもしろいことありそう」

 アイフォーン発売前の2006年春、ジョブズ氏の面接を受けた。偶然かもしれないが、ウキウキしていたことは確かだ。ジョブズ氏は「怖い人だ」と書かれていることが多いが、その時はそう思わなかった。良い印象しかなかった。もともと、(アップル社から)「ちょっと話を聞きたいから、遊びにこないか」といった感じで誘われた。私も「もしかしたらヘッドハントかもしれない」と思いつつ、会いに行ったが、実際にそう(ヘッドハント)だった。

 (情報がなかったので)悩んだが、ジョブズ氏がそこまで言うなら、何かおもしろいことがあるだろうと考えた。米シリコンバレーで働くことは、IT関係者にとって夢みたいなものでもあり、行ってみようかと決めた。仮に、面接したのがジョブズ氏以外の人だったら、行かなかった可能性が高い。

 アップル社内で、ジョブズ氏は別格の扱いで、人気があった。社外の会場で行うカンファレンスなどは社内にも中継され、社員は食堂などに集まって聞いていた。サンフランシスコの会場でアイフォーンが発表された時は、食堂中、ものすごい盛り上がりだった。すごい人がトップにいて、社員はみんなその下でがんばっているという雰囲気があった。

 ◇良い技術を見つけて採用する「目」を持っていた

 ジョブズ氏の業績については、私は一般的に言われていることと少し違う考えを持っている。(パソコンの)アップル2を作ったのはスティーブ・ウォズニアック氏で、マッキントッシュも、天才的な技術者が何人もかかわって作った。また、グラフィカル・ユーザーインターフェース(GUI、マウスなどで操作するインターフェース)を、普通の人が買える値段のパソコンに取り入れたのは(アップルが)初めてだが、それも(ジョブズ氏)1人でできることではない。アイデアを実現するために、技術者を集めたところがジョブズ氏の功績だと思う。

 アドビシステムズが開発した「ポストスクリプト」(主に印刷用のページ記述に使われるプログラミング言語)の技術をプリンターに取り入れたり、アプリケーションを簡単に作る「インターフェースビルダー」を採用したのもジョブズ氏だった。ポストスクリプトは後に改良されてPDFになった。インターフェースビルダーのアイデアは、パソコン上のソフト開発システムのベースになり、今では、あって当たり前のシステムになった。

 筋の良い人材や技術を見つけて、デザインする力が優れていたのではないか。見る目が確かだったのだと思う。例えば、iMacにはフロッピー(ディスクドライブ)をつけなかったが、当時のパソコンにはフロッピーをつける方が普通で、その後何年もそうだった。もしユーザー100人に聞いたら、99人は必要だと言ったと思う。普通の人では決断できなかったと思うが、結果的には正しかった。

 ジョブズ氏亡き後のアップルで、フロッピーをなくすような決断ができるのか、心配している。